日中韓首脳会談で『韓国が中国代表にケチをつける』凄絶な展開に。露骨に格下扱いを始めた模様

1:たんぽぽ ★:2018/05/04(金) 18:54:02.97 ID:CAP_USER

9日に東京で開催される韓日中首脳会談には文在寅(ムン・ジェイン)大統領、安倍晋三首相、李克強首相が出席する。韓国と日本からは最高指導者が出席するが、中国からは習近平国家主席でなく李克強首相が来る理由は何か。

これは韓日中首脳会談が始まったきっかけと関係がある。1999年11月28日にフィリピン・マニラで開催された「ASEAN(東南アジア諸国連合)プラス3(韓日中)首脳会議」で、当時の金大中(キム・デジュン)大統領が「我々も一緒にお茶でも飲みましょう」と述べながら小渕恵三首相、朱鎔基中国首相に会談を提案した。これが韓日中首脳会談の始まりだった。

3人は2000年11月にシンガポールで開催されたASEANプラス3首脳会議で再会し、金大統領が「今後、ASEANプラス3首脳会議が開催されるたびに3カ国首脳も必ず会おう」と定例化を提案した。小渕首相と朱首相も賛成し、3カ国首脳会談の土台ができた。

中国側が序列1位の国家主席でなく2位の首相が韓日中首脳会談に出席することになった理由は、このようにASEANプラス3首脳会議が出発点だったところにある。中国ではASEANプラス3首脳会議に首相が出席してきたからだ。

トウ小平執権後の1970年代後半から中国は7人前後の政治局常務委員が国政を運営する集団指導体制を維持してきた。国家主席を兼ねた共産党総書記が第1人者であるが、残りの政治局常務委員との関係は水平的に見なされた。主席は国防・外交を、首相は経済・内政を担当するのが慣例だった。特に経済では首相の全権が認められたため、経済問題を主に議論する多者首脳外交行事には主に首相が出席した。3カ国会談が始まった当時は江沢民主席だったが、朱鎔基首相が経済を引き受けたため江・朱体制と呼ばれた。

(以下略、続きはソースでご確認下さい)
http://japanese.joins.com/article/127/241127.html

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Source: U-1速報